立ち止まって考えよう。知床岬の台地に太陽光発電パネルは必要か?
2022年4月の知床における小型観光船事故で犠牲になった方々には謹んで哀悼の意を表します。
この事故では当該船舶が適切な通信手段を確保していなかったことも問題とされ、知床半島先端部でも携帯電話が使えるようにと国により基地局が整備されようとしています。
知床岬には灯台や港湾、漁業施設があるので、私などはそれらの設備との共用や、新しく設備を置くにしても港の敷地内だろうと考えていました。
ところが、5月中に着工を予定しているのは約260枚の太陽光発電パネル約7000平方mという国際試合のサッカーコート(ライン長105*68m=7140平行m)に匹敵する大規模な工事であることがわかりました。
知床岬とは私たち登山やカヤックを楽しむものにとっては特別なフィールドです。気象や潮汐の知識、クライミング技術と装備、連絡手段の確保など非常時への備え、など綿密な準備を行なって望む日本国内でも最も原生自然に向き合えるフィールドです。
その知床の自然の中を何日もかけて歩いたり、カヤックを漕いで地の涯に来たのに、そこで出迎えてくれるのが太陽光パネルであった、というのはいかがなものでしょう。国は世界自然遺産の価値を損なうことはない、といっていますが、このような自然景観にそぐわない設備が知床岬の台地上にあること自体がその価値を損なうと考えます。
工事の発端は小型観光船の通信手段の問題でしたが、国は小型船舶に搭載する設備から携帯電話は除いたので、緊急連絡に使われることを想定する必要はなくなっています。となると、携帯電話が使えるようになって恩恵を受けるのは、船舶を利用する乗客や釣り人、海岸トレッカーや登山者などのアクティビティ利用者になってしまいます。
全国各地で携帯電話の通信範囲は拡大しており一昔前は電波がなかった山域でも普通に通話ができるようになってきました。それとともに携帯電話のGPS機能を使ったソフトウェアの利用が当たり前になってきました。残念なことに、私たち登山者のとって有益なこれらの機能や通信環境によって、安直な行動や判断、またその結果として遭難、そして安易な遭難救助要請につながっている例が散見されるようになりました。
国内でも万全な計画と装備、慎重な行動を求められるフィールドである知床半島先端部地域への携帯電話の利用地域の拡大は安易な遭難を誘発する恐れがあると考えます。
以上のようなことから、知床山考舎では次のように考えます。
○観光船運行者や漁業関係者は携帯電話のネットワークを利用した個人で携行できる海難時の通報と位置情報確認ができるシステムに期待を寄せていることでしょう。そのため、携帯電話基地局設置の必要性は否定しませんが、太陽光発電パネルの台地上への設置は反対します。
○電力供給方法や規模について再考を強く望む。避難港などのすでに施設がある地域への配置やすべての携帯電話会社がそれぞれ設備するのではなく共用することでコンパクトにできないのか、なども考えてほしい。
○携帯電話利用可能範囲が拡大することで安易な立ち入りによる遭難事故の発生が危惧される。安易な利用による遭難に対応して施設や設備を各地点に整備をしていくような悪い循環が発生することも危惧される。
○知床以外でも北海道各地の山々、大雪山や日高山脈などにも電波の届かない地域は多くあることから、知床山考舎では衛星携帯端末を装備していますが、多くの人々が手軽に使う装備にはなっていません。しかし海外の携帯電話では緊急時は衛星電話ネットワークでメッセージが発信できる機能が実装されています。日本国内でも同じ機種は市販されていてもその機能はオフにされていて使えません。総務省にあってはこれらの機能が使えるように規制を緩和、解除してほしいと考えます。
私たち山を登る者は判断に迷ったときは立ち止まって考えます。場合によっては間違いのない地点まで引き返します。知床岬における大規模工事は立ち止まって考えるべきです。
2024年5月28日
知床山考舎 代表 滝澤大徳